LTVとCACの基本──ユニットエコノミクスで判断する獲得投資の考え方

MARKETING FORESTby Flourishing Charm

「その広告、続けるべきか」に答えるための2つの数字

マーケティング予算の議論は、しばしば「CPAが高い/低い」という一点だけで進みます。しかし本来問うべきは、獲得した顧客が生涯にわたってどれだけの利益をもたらすのか、そしてその獲得にいくら使ったのか、という対比です。この対比を扱う考え方がユニットエコノミクス(顧客1件あたりの採算)であり、その中心にあるのがLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)とCAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト)です。

この2つを押さえると、「CPAが上がったから止める」ではなく「回収期間が◯ヶ月に伸びるが、キャッシュが持つなら投資を継続する」といった、経営に接続した判断ができるようになります。特定のツールやトレンドに左右されない、長く使える土台の指標です。

目次

LTVを分解して考える

LTVは「一人の顧客が取引期間全体で自社にもたらす利益」です。最もシンプルな分解は次の形です。

  • LTV = 平均購買単価 × 粗利率 × 購買頻度 × 継続期間

サブスクリプションやSaaSのように毎月課金が発生するモデルでは、解約率(チャーンレート)を使った簡易式がよく用いられます。

  • LTV = 月次ARPU(顧客あたり平均収益) × 粗利率 ÷ 月次解約率

たとえば月額1万円、粗利率70%、月次解約率3%であれば、1万円×0.7÷0.03=約23.3万円が目安になります。分母が解約率なので、解約率がわずかに動くだけでLTVが大きく振れる点は覚えておきたいところです。

POINT

LTVは「売上ベース」ではなく「粗利ベース」で計算するのが基本です。原価・配送費・決済手数料・サーバー費などを引かないLTVは実態より大きく見え、獲得コストの許容ラインを過大に見積もる原因になります。

CACは「広告費だけ」ではない

CACは、新規顧客を1件獲得するのにかかった総コストです。広告費だけを分子に置くケースが多いのですが、実務では人件費やツール費まで含めた広義のCACも把握しておくと、意思決定の精度が上がります。

狭義のCAC(=実質CPA)

広告費 ÷ 新規顧客数。チャネル別・キャンペーン別の運用改善に向く。日次・週次で見て、入札やクリエイティブの判断に使う。

広義のCAC

広告費+制作費+マーケ/営業人件費+ツール費 ÷ 新規顧客数。事業として黒字化できるかを見る指標。月次・四半期で経営判断に使う。

どちらが正しいという話ではなく、用途が違うと捉えるのが実務的です。現場の改善は狭義、投資判断は広義、と使い分けを社内で明文化しておくと、数字の食い違いによる不毛な議論を減らせます。

LTV/CAC比とCAC回収期間、両方を見る

ユニットエコノミクスの健全性は、主に次の2つで確認します。

  • LTV/CAC比:獲得コストの何倍を回収できるか(採算性)
  • CAC回収期間(ペイバック期間):CAC ÷ 顧客あたり月次粗利。何ヶ月で獲得コストを回収できるか(資金繰り)

SaaS領域では、David Skok氏がブログ「For Entrepreneurs」で示したSaaS指標の考え方が広く参照されており、LTVがCACの3倍以上、CACの回収期間は12ヶ月以内という水準が一つの目安として引用されている。これはあくまでSaaSを念頭に置いた経験則であり、公的な基準ではない点には注意が必要です。

Flourishing Charmとしての見解を述べると、この「3倍」を自社にそのまま当てはめるのは避けるべきだと考えています。原価構造も継続期間も業種によって大きく異なるためです。むしろ有効なのは、自社の過去12〜24ヶ月の実績から自社基準を作り、その推移を追う使い方です。他社の目安は健康診断の平均値のようなもので、判断材料の一つにはなっても、処方箋そのものにはなりません。

また、比率が良くても回収期間が長ければ資金は先に尽きます。逆に回収が早くてもLTVが伸びなければスケールしません。両方を並べて見ることが重要です。

実務での算出手順

1

集計単位を決める。全社平均ではなく、事業・商材・獲得チャネル単位で切る。

2

粗利率を確定する。原価・決済手数料・配送費など、変動費の定義を関係部署とすり合わせる。

3

コホート(獲得月ごとの顧客群)で継続率・購買回数を集計し、LTVを算出する。

4

同じ期間・同じ単位でCACを算出する。分子と分母の期間ズレに注意する。

5

LTV/CAC比と回収期間を並べ、チャネル別に投資配分を見直す。月次で更新する。

つまずきやすい4つの落とし穴

1. 予測LTVを楽観的に置いてしまう
まだ観測していない未来の継続を織り込むほど、LTVは都合よく膨らみます。まずは「実績LTV(すでに発生した粗利の累計)」を基準にし、予測は別枠で持つのが安全です。

2. 全体平均だけを見る
平均LTVが基準を満たしていても、チャネル別に分けると赤字のチャネルが混ざっていることは珍しくありません。改善余地は、ほぼ常に分解した先にあります。

3. 分子と分母の期間がズレる
今月の広告費を、前月に獲得した顧客数で割ってしまう類のミスです。リードタイムが長いBtoBほど影響が大きくなります。

4. 比率の改善が「獲得の絞り込み」で起きている
LTV/CAC比は、獲得を絞って優良顧客だけ残せば簡単に改善します。指標が良くなったのに売上が伸びない場合は、成長を止めることで数字を作っていないか確認してください。

POINT

LTVを上げる打ち手は「単価」「頻度」「継続期間」の3つにしか存在しません。施策を考えるときは、そのどれに効くのかを最初に言語化すると、議論が具体的になります。

LTVを伸ばす前に、まず「測れる状態」をつくる

顧客維持の重要性については、既存顧客の維持率を5%改善すると利益が大きく向上するという趣旨の分析が、Bain & Companyのフレデリック・ライクヘルド氏の研究として広く引用されています(Harvard Business Reviewの記事などで紹介されている)。ただしこの数値は業種や前提条件に依存するため、自社にそのまま当てはまる保証はありません。参考値として捉えるのが妥当です。

実務の順序としておすすめしたいのは、いきなり改善施策に飛ばず、まず月次でLTVとCACを更新できる仕組みを作ることです。スプレッドシート1枚でも構いません。チャネル別・獲得月別に数字が並ぶだけで、「感覚では良さそうだったチャネルが実は回収できていない」といった発見が出てきます。ユニットエコノミクスは高度な分析手法ではなく、意思決定の共通言語です。経営層・マーケ・営業が同じ数字を見られる状態が、そのまま施策の質につながります。

参考

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